学習性モキュモキュ
父と密会のうえ二人きりで話をした。
もう何年も前から彼は妻を愛していないとのことである。
うすうす想像したり、いや見込みがあると身体をはって頑張ったり
いろいろしてみたけれども
当事者から真顔でいわれるとあっけないもんである。
父とここまで心を割って、対等な一個の人間同士として
話し合えたのは初めてだった。
そして本当の意味できちんと理解しあえるのは
親族のうちでこの男だけだと思った。
最初はハー、そうかそうかそうだったかと
へんに感心していたが、帰りの電車にのって少し落ち着くとともに
しばらく涙が出てきて困った。
涙。上を向いて。虚脱感。
私は必死に自分のない頭をひねりまくって
心理学だ思想だと本を読みあさって
のがれようとしていたけれども、
結局のところ私はかなり物理的に心理的に
母に抱きこまれたまま今まできていたようだ。
そりゃあ、まったくの無抵抗や無学よりもずっとマシだろうが。
母の側からしか聞かされていなかった
私の家の物語がぽろぽろと父の口から紡がれるにつれ、
ああ私が母を信頼できず、人間的な意味での尊敬もできず、
最後には健康な愛情をもてなくなっていたのも
それはそれで致し方ないことだったのだ、と
初めて自分を許すことができた。
父が全く正しかった、などとは思っていない。
本人も言っていたが、彼の彼女の導き方は間違いであったし、
そもそもをいえば、彼が彼の妻と結婚したのが
「間違い」であったのだ。
しかしその「間違い」で生まれたのがこの娘であり、
その父であり、その妻である。
この、おおいに間違った人生を送っている男を
父とし、そしてさしたる理由もなく渇望し崇拝し信頼しているのが
この娘である。
私が彼を信頼するのは他でもない、彼が清潔だからである。
人間として清潔だからである。
たとえば泥のなかの白い蓮の花のように清潔だからである。
身体は獣のようにくさいけれど、言葉は乱暴で態度は横柄だけれど、
ともかく最終的なところで圧倒的に清潔なのである。
そして私と同じように、その安全とはいえなかった生い立ちゆえに、
人間を見たらまず疑え、人間は自分の想像もつかぬ
考えや行動をするものだ、という根本的な危機感や
想像力というものを備えているからである。
いっぽうで私は母を信頼していない。
その理由は他でもない、彼女が不潔だからである。
人間として不潔だからである。
たとえば白い蓮の花のうえの吐物のように不潔だからである。
服装も食べ物の趣味も傍目の言動もみな上品で洗練されてはいても、
ともかく最終的なところで圧倒的に不潔なのである。
そして私や父と違って、そのあまりに安全すぎた生い立ちゆえに、
人間は全て良い人でなければならない、
人間はみな自分と同じ考えや行動をするものだ、
という根本的な鈍感さがあるからである。
父はたしかに間違った女と結婚したかもれないが、
恥ずかしながら、間違った理由には個人的にも時代的にも
私は理解できてしまう。
そしてたしかに彼は彼女をミスリードしたかもしれないが、
その娘である私をミスリードしてはいない。
彼はただ、私に近しく接触することができなかっただけで、
抑圧したり抱え込んだりへんなものをしつこく押し付けたりはしてこなかった。
それでいて、少し離れたところで、
おそろしいほどに私をよく見ていて、そして見ただけで、
会話も交わさないのに、私という人間の真髄をきちんと理解していた。
一方母はもう完全にこりゃ私をミスリードしている。
理解があるとかないとかではない、
完全に理解し違えていて、そしてさらに
その間違った理解を、正しいものと思い込んでいるのである。
彼女がそのおかしなフィルターを通さずに
きちんとその両の目で私を見てくれたことなど
一度でもあったろうか。彼女は彼女の世界の中でだけ生きているのだ。
それはあるいは深い深い、深い病で、
正常の域であるだけに誰にも救い得ないのかもしれないのだ。
いや、もしかすると最も異常なのかもしれない。
今まで、誰が呼んでもそこから出てきてくれなかった、
そればかりか、ののしり、泣き出し、金切り声をあげた。
まぁ……何かの人格障害なのか、どうなのか知らない。
知ったところで、結局何もできないのならただむなしい。
愛そうにも、彼女が愛させてくれないのである。
それはそれは頑なに。彼女が拒むのである。
われわれがいったいなにをしたというのだ。
医者のなにがいやだというのだ。
それとも無理やりに医者にひきずってゆけばいいのか。
小さい頃は物理的にくっついていることはあまりなかったが、
私が11,12のころには既に私は彼女の心理的リトルナースであった。
小学校6年だったかのとき、あまりの集団的いじめに耐えかねて
勇気をふりしぼって学校にいきたくないと訴えたとき、
母はおろおろして泣きじゃくり、次の日から数日寝込んだ。
父はお前には教育を受ける権利があって……と説教をぶった。
私はあのとき父にはもっと優しくなぐさめてもらいたくて、
拒絶されたような反発心におそわれたが、
けれど、それでもなぜだか信頼と尊敬は失わなかった。
けれど母は……私はあの頃から15年ほども、
彼女の看護のために心身をささげてきたように思う……
あの頃以来、信頼も尊敬もない。
ともかく、彼女を泣かさないために、怒らせないために、
頭痛を起こさせないためだけに生きてきたように思う。
極論だけれどもそう思う。
それはたとえばボタンを踏んでも踏んでもビリビリと
電気ショックを与えられ続けたかわいそうなビーグル犬のように
畑を耕しても耕さなくても結果は同じで
しかもじわじわと生活の悪くなっていった時代のロシアの農民のように
私は牙を抜かれ、無気力を学習していった
そして今もそうである。
そろそろ抜け出すのである。
私は帰宅するとはっきりと無気力になる。
スイッチがきりかわったかのように無気力になる。
親が子を自動的に愛すなんてことは嘘だし、
強制されえるものでもないということは
既に誰だって知っているだろう
子は親を自動的に愛す ということも嘘である
子は親を自動的に「求める」ことはあっても
愛することは自動ではないし、
強制されえるものでもない。
親が子どもを、個人的な好き嫌いやわがままや信条で
愛したり愛さなかったりするのと同じように、
子どもが親を、個人的な好き嫌いやわがままや信条で
愛したり愛さなかったりしたっていいのだ。
いいかはわからないが、ともかくそういうことはありえるのだ。
原理的にありえるのだ。
以前、私は父方の祖母を愛していないといった。
今度はこれも言おう。私は母を愛していない。
あるとしたなら、蒙く頑なな者に対する、
長期を長く共に過ごした者に対する、
情とか憐れみだけである。
求める気持ちも残ってはいるが、
あまりにむなしいのでほとんど捨てて来た。
ようやく、事情を知る当事者から
「納得いかないのなら愛せずともしょうがない」
という許可をもらえた形なので、
安心して言おう。私は母を愛していない。
おそらく、誰にそしられようと、
最終的には彼女から逃げて逃げて逃げ切っても
私は許されていいはずだ。
もちろんそれは最後の手段ではあるけれど。
彼女が結婚後に受けた苦しみは否定しないし、
ある程度であるならば理解もし共感もする。
しかし、だからといって娘や家族を
あのように扱ってよかったとは思わないし、
あのように生きてきてよかったとも思わない。
それをきちんと導いてもらえる機会や人に
恵まれなかった不幸にある程度不憫を感じはするが、
だからといってでは尊敬できるか信頼できるか
愛せるかというと、そうではない。
だからといって一人の若者の人生を
丸ごと自分の、ただ老いていくための餌に
使っていいとはいえない。
産んでくれたこと、育ててくれたことに感謝はする。
キャリアウーマンのさきがけとして生きたこと、
その、洗練されたものに関する感覚や知識の部分に関しては
もちろん尊敬の念もある。
しかし、だからといって服従しなければならないいわれはない。
これは私の人生である。人の役にたつためのひとつの人生である。
それを彼女の、ただ周囲をののしりながら老いていく
残りの人生のためになげうつわけにはいかない。
職場のボスが言っていた。
両親の間に尊敬と愛情がまわっていると、
子どもは親から「あなたの母を尊敬していい」
「あなたの父を愛していい」というメッセージを
もらうことができる、と。
私の場合は、両親の間は壊れていたけれど、
長いことなかった父娘の間柄が生まれたから、
「あなたの母を愛さなくてもいい、
尊敬しなくてもいい」と、
メッセージをもらえたのだ、今になって、初めて。
そういった形の許可のメッセージが、
愛さなくても良いのだ、という形の許可のメッセージが、
この世にあるだろうなどと私は露も思わないできた。
世の中というのは歳をとるほどにその様相を変えるものだ。
お前もかわいそうだったな、と、たったひとこと、
当の父に言ってもらえただけで、
こんなに救われるとは思っていなかった。
すまなかったな、とか、そんな言葉もなく、
かわいそうだったな、と、そのひとことだけで。
ああ、ここまで生きてきた意味はあった、
そうだ、たしかに私はかわいそうだったんだ、
自分はたしかにかわいそうであったのだ、
その心を信じてもいいのだ、と。
きっと母も私を愛していないだろう。
本人は愛していると思い込んでいるが。
私はたんに彼女が愛情深い人間であるための慰み者だ。
逃げ出した夫や息子のかわりでもある。
いない友人のかわりでもある。
もしかしたら父や母のかわりでさえあるかもしれない。
私は彼女が世界の中心でありつづけるためのかわいそうな羊だ。
この家族のためのかわいそうな羊だ。
私はもう自分の胸の痛みをちゃんと信じていいのだ。
理不尽であることを理不尽だと堂々と言っていいのだ。
あなたのような、いつも飢えていつまでも蒙い者を、
餓鬼(がき)というのである、
あなたのような、わが子を絞め殺す女を、般若というのである。
般若は観音菩薩の異形でしかないいと、
そういわれているにもかかわらず、あなたは常に般若であった、
そのように思う。
おうさまのみみはろばのみみ。
おうさまのみみはろばのみみ。
おうさまのみみはろばのみみ。
私は母が死んだら泣くだろう、もちろん泣くだろう。おいおい泣くだろう。
しばらく泣くだろう、思い出せば何年でも泣くだろう。
しかしそれは私が彼女を愛し尊敬したからではない。
それはおそらく、彼女が私に、彼女を愛させてくれなかったことへの悲しみである。
そのときにはせいいっぱいの供養をしよう。
一生、思い出しては泣こう。ただし思慕ではなく悲しみとして泣こう。
憐れみとして泣こう。ひとりの、かわいそうな孤独な女の、
それに自分で気づけなかった世にも不幸な女への悲しみとして。
でなければ彼女ばかりか私も救われまい。
生きている間に救えない人間もきっとあるのだ、
その場合にはひたすらにかわりに悲しんでやれる以外になにもない。
いつだったかずっと昔、
こんな悲しみの世にひとりの人間として生き、苦しみぬき、
もっとも高いところを考えとおしていった
ゴータマ・ブッダという人間が実在したということにおいて
私は人間というものへの信頼を失わない。
新しくは、マザー・テレサやダライ・ラマ14世など。
彼らが厳密には神でなく、あくまでも人間であるということにおいて、
私は人間を信頼する。
自分も苦しみぬけば彼らのようになれるかもしれない、
あるいは衆生の皆も、という可能性を示してくれるからだ。
ダライ・ラマは観音菩薩の化身だという。
ならば彼らは私の母である。
マザー・テレサはクリスチャンだったが、
その生きた道はもう宗教を超えて尊い。
あの慈悲の深さ、修行の厳しさのありかたは
仏教的にいえば完全に菩薩である。
彼女も私の母である。
でも実の母は般若。
これは苦行なのさ、これは苦行であるのさ、
私の母という存在は、いつか私を菩薩レベルの懐の深い
人間にするために天が遣わせたもうた
ありがたい悪魔なのかもしれないじゃないか。
もしかしたらほんとに観音菩薩かもしれないじゃないか。
合掌して試練をいただくしかないかもしれないじゃないか。
……ってぐらい思わないとやってられません。
ともかく抹香くさい女になったな。
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自分の不幸を 自分の苦しみを
なおすことだけ考えるのは 心がせまいのだ
家のこと みんなのことを考えてみなさい
だれでもいい 人間でもほかの生きものでもいい
相手を助けなさい
苦しんでいれば救ってやり
こまっていれば 力を貸してやりなさい…
ときには身を投げ出しだしても 相手を救ってやるがよい…
みなさんは みなさんのできる方法でやればよい
お金を持っている人は 苦しんでいる人にあたえ
ちからのある人は 苦しんでいる人をささえてやりなさい
よぶんなお金もちからもない人は せめて相手の気持ちをくみとって
かわいそうに と同情してあげなさい
それだけでいいのです それであなたは…
相手のために苦しんだことになる
この心を「慈悲」と呼びましょう
慈悲!
どんな人の心にも宿っているはずです
だからあなたが だれか苦しんでいる人のことをあわれんだとき
同じように別の人が きっとあなたについて
あわれんでくれているはずです…
あなたがだれかを助けたら 別の人が
今度はあなたをきっと助けてくれましょう
―『ブッダ』第12巻 手塚治虫 潮出版社 より
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父に、そんなふうに生きざるをえなかったあなたが
かわいそうでかわいそうでぽろぽろ涙がでる、
と勇気をふりしぼってしみじみと言ったら
彼は見たことのない顔をして、珍しく否定をしなかった。
最近までなんでもはねっかえす人だったので、
今まで面と向かってきちんと言えなかったのだが、
今度ばかりは迷いがなかった。
もしかして届いてくれただろうかと思いつつ、
その後しばらく母のために私がどんな苦労をしているか
話していたら、突然ぽつりと、かつしみじみと腹の底から
お前もかわいそうだったな……と。
それにいたく打たれてしまって、ふと『ブッダ』の
この一節を思い出して、ここ数日ついつい読み返している。
かわいそうだと思ってもらいたいときに、
かわいそうだと思ってもらえるのは何よりも救いだ。
私は人をできるだけ救いたいから、人の苦しみが
幸か不幸か見えるほうだから、きっとそれが役目だろうから、
だからできるだけ人の心に寄り添おう、
たとえば村上春樹が「自己療養のためのささやかな試み」
として文章を書いたのと同じように。
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結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、
自己療養へのささやかな試みにしか過ぎない…
それでも僕はこんな風にも考えている。
うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、
救済された自分を発見できるかもしれない…
その時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう。
―『風の歌を聴け』村上春樹 講談社文庫 より
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